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2006年9月 8日 (金)

しばしのお別れ

私は今まで何人かの先生からボイストレーニングを受けてきました。

だけど最終的に歌唱技術や表現力は自分自身で磨くものだと思っているし、ある特定の人の技術をそのまま受け継ぐという気もさらさらないので、いわゆる『お師匠様』という存在の人はいません。

でも、私に歌を教えてくださる方は、皆素晴らしい方ばかりです、トレーナーとしてベテランの方から、アーティストと呼べる方まで、いろんな方に出会いましたが、その中でも特に古いお付き合いの先生が1人います。

先生は都内の音大を卒業後、主にミュージカルの歌い手さんを育ててこられた方なのですが、私は先生と専門学校時代に出会いました。

当時私の歌唱実技授業を担当していた講師は、いわゆる『ロック兄ちゃん崩れ』と言いましょうか、、、はっきし言って基本の発声法を教えられる講師ではありませんでした、授業はヴァンへイレンやMR BIGのライブビデオばかり見せられました。

そういうジャンルが好きな生徒にはいいかもしれませんが、私は納得いきません。
だって私は新聞配達をして奨学金をもらう制度を利用して学校に行っていたのですから、朝3時に起きて朝刊を配達して、それから学校に行ったら、ライブビデオを見せられて授業終わり、、、なんてやってられない、金返せ!

私の表情からその意図を読み取ったのかどうなのか、ロック兄ちゃん崩れ先生は、私含め数人の女子生徒に対し、「よかったら隣のクラスの先生に歌をみてもらったら??」と言いました、今にして思えば本当にやる気のない先生だなと思いますが、当時は藁をも掴む思いで隣のクラスへ逃げていました。

そこで出会ったのが、R先生

先生はオペラ歌手で、ポップスやロックシンガーの多い音楽専門学校には異質の存在だったでしょう、しかしとても的確に、丁寧に、自分のクラスの生徒と分け隔てなく教えて下さいました。

私が学校を卒業してからも不定期ながら個人レッスンへ通っていました、その頃は同門下生の発表会等も企画され、私もまだライブ活動をする前に何回かださせていただきました。

発表会の冒頭で、先生の歌うオペラを一度だけ聴いた事があります、まさに衝撃でした、人間とは、マイクを使わなくてもこれだけの声を出せるのか、怒りも悲しみも愛情も喜びも、声ひとつで表現できるのだと気づかされました、先生の歌声から生み出される空間は私にとってまさに未知との遭遇。

この世には、英語だろうが日本語だろうがイタリア語だろうが、言葉一つ一つの意味は分からずとも、人の心を揺さぶる歌があるのです、そしてそれは歌い手の人生すべてを表している。

私はその時先生の歌を聴いて涙が止まらず、号泣してしまい「あきちゃん、泣きすぎよ~。」と笑われたのを覚えています。

やがて先生は、去年の春にイタリアへオペラの勉強をする為旅立たれたのです。

携帯メールでその知らせを受けたのは出発の直前でしたが、前々から先生の進みたい道について話は聞いていたので、さほど驚きませんでした、むしろ応援したい気持ちでいっぱい、だってオペラの本場イタリアへやっと行けるんだもの、先生といっても私と5.6歳位しか離れていないし、オペラ歌手としてはまだまだ若い!勉強したい事も沢山あるはずでしょう。

・・・・と、思っていたはずでした、その後先生の消息はつかめず、共通の知人を通じて元気でいる事だけは分かったものの、知人の所に届く先生からの手紙には住所が記載されておらず、現住所が全く分からない状態だったそう、そんな所も先生らしいなと思いつつ一年が経ちました。
そして先月、先生は突然一時帰国されたのです。

久しぶりに会って来ました、全然お変わりなく元気そうでした、私も元気ですと言おうとして、、、だけど一年ぶりに先生の顔を見ると、なぜだか、、、こみ上げて来るものを抑えきれず、喋り言葉にどんどん嗚咽が混じり、ついには小さい子供のように泣きじゃくってしまいました。

だって、突然居なくなるんだもん、寂しかったんだきっと
自分でも気づかない位・・・。

私が3年前、大切に想っていたバンドの活動を辞めざるを得なくなった時も、恋愛で悩んでいた時も、ボサノバを歌う事で自分を取り戻したときも、いつも励ましてくれて、屈託のない表情で笑うR先生は、先生というよりお姉さんという感じで、しかもこちらが歌に対して甘く考えていると、即座に見抜きめちゃくちゃ怒られた事もありました、甘やかしすぎず、厳しすぎず、丁度よい距離で見守ってくれていた。

イタリアでの生活は素晴らしい方との出会いが沢山あり、とても充実している様子で、まるで水を得た魚のように現地での出来事を楽しそうに語ってくれました、しかしイタリアはビザの申請がとても厳しいらしく、最近では帰国の時期を決めて、更に帰国時の航空チケットを持っていないと入国できない位だそうです、きっと先生はもっと勉強したかったはずなのに、国籍や書類や、事務的な手続きのせいで足止めをくらっている姿は、傍から見ていてとてもせつなかった。

それでも、なんとか先生は昨日再びイタリアに向けて出発されました、今度はいつ帰ってくるのかな、、、。

別れ際に先生は「あきちゃん、頑張ってね。」と言ってくれました、シンプルな言葉、先生らしかった、私は大きく頷いて先生と握手をしてお別れしました、今度再会した時には今よりもう少し歌の表現力がアップしているといいな、、、いや、なる!!!

っと、思わせてくれる再会でした、歌とは本当に長い長い道のり、そして濃い人生を歩んでいる人の歌声は、じんわりと優しく、重く、心に響いてくる、そんな当たり前の事を再認識させてくれた先生、どうかお気をつけて行って来て下さい!

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